東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)183号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由1について
1 原告は、引用例1に記載のものは、比較器を有しないオープンループ方式の制御系である旨主張する。
(一) 数値制御工作機械における制御系(制御駆動方式)には、駆動制御される移動台の位置検出器を有し、位置検出信号をフイードバツクして指令数値信号と比較して目標値たる指令数値の位置に制御するクローズドループ方式と、前記位置検出器を有せず、与えられた指令数値信号により移動台が移動したままで、移動後の位置を指令数値の位置とを比較しないオープンループ方式があることは周知であり、また、クローズドループ方式が位置検出信号を出力する位置検出器と該位置検出信号を指令数値信号とを比較する比較器を有することは技術常識である。
(二) 成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例1に記載の発明は、数値制御工作機械の自動計測補正装置に関するもので、特許請求の範囲には、「テープリーダからの指令情報に基づいて前記横送り台の移動を数値制御しかつ工具位置補正の機能を有する制御装置」との記載がされているが、これについての発明の詳細な説明の欄には、従前の技術として「制御装置(図示せず)の指令により制御され」とのみ記載されているだけで、引用例1には、他に引用例1の制御装置がいかなる制御系(制御駆動方式)を採用しているかについての記載はない。
(三) そこで、引用例1に記載のものがいかなる制御系を採用しているものか、あるいはいかなる制御系を採用し得るものかについて検討する。
(1) 当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、「往復台の現在位置の検出を…引用例1に記載のものはインクリメンタル信号を用いている」と認定しており、この認定については、原告も認めて争わないところである。
ところで、数値制御技術において、機械の単位量の動きを電気的な一パルスに対応させ、そのパルス数をカウンタで数えて機械の動きを知るインクリメンタル方式、及び座標系の固定された原点からの絶対値的な位置情報により移動台(テーブル)の位置を検出する絶対値方式(アブソリユート方式)の二つの位置決め制御方式があることは周知であり、引用例1の数値制御工作機械の数値制御装置には、これらのいずれかの位置決め方式を採用しているものと解されるが、引用例1には、そのいずれを採用しているかについての記載はない。
(2) 前掲甲第五号証及び成立に争いのない甲第七号証によれば、自動計測補正装置は、数値制御工作機械において工具軌跡を数値的なプログラムとして制御装置に指令して旋削を行うに際して、サーボ系の位置決め誤差、主軸系の動的変位、刃先のプリセツト誤差、摩耗、構成刃先に原因して生じる加工誤差などが、前記プログラムには予想できなかつた誤差として加工結果に生じるので、これらの誤差を補正するために、制御装置に工具補正回路を備えて補正量を外部から指令して、予めプログラムで設定した工具軌跡となる指令数値を補正量だけ修正する装置であること、したがつて、工具位置補正のための補正量形式は、数値制御装置に予め設定された位置決め指令数値がインクリメンタルな量かあるいは絶対値の量かによつて決定され、該工具補正後の制御対象(移動台)の制御系、すなわちクローズドループ方式あるいはオープンループ方式とは直接関係しないものであること、そして、予めプログラムに設定された指令値が工具位置補正により修正され、該修正された指令値に基づき制御駆動が行われるから、引用例1には、工具位置補正後の制御駆動方式については、何ら記載されていないことが認められる。
(3) 以上の事実によれば、引用例1では、制御系として周知のクローズドループ方式あるいはオープンループ方式のいずれをも採用し得ることは明らかである。
(四) したがつて、引用例1に記載のものがクローズドループ方式を採用したならば、同方式においては、位置を検出するための手段を備え、テープ指令値と比較する比較器を備えていることは自明であるから、本件審決が、引用例1には比較器に関する記載はされていないが、数値制御旋盤にはこれが当然備えられていると認定判断したことに誤りはない。
2(一) 原告は、リングゲージGの外周面に測定子を接触させて測定原点とすることはインクリメンタル方式であることを示すものであり、偏差出力を零とするように補正パルスを指令値に加えるようになつているものはオープンループ方式の制御系とみなさざるを得ない旨主張する(請求の原因四1(一))。
しかしながら、前掲甲第五号証によれば、引用例1には、「自動計測を行わせるには、測定子Dの触針Eの先端をリングゲージGの外周面G2に接触させて検出される偏差出力を制御装置に入力して印加し、測定子Dの外周面G2に対する偏差出力が零となるように工具位置補正を行い、」と記載されていることが認められ、「偏差出力が零となるように工具位置補正を行う」ことは、主軸、加工材の偏位時にも自動的に該偏位に基づく偏差を零とするように指令値を補正することであり、該補正後の移動台の駆動方式、すなわちオープンループ方式あるいはクローズドループ方式のいずれかの駆動方式を決定するものではない。
さらに、引用例1の位置決め制御方式がインクリメンタル方式であることについては原告も自認するところであるが、引用例1には、工具位置補正のための数値制御工作機械の自動計測補正装置が記載されているだけであつて、前記のとおり、制御駆動方式についてはクローズドループ方式あるいはオープンループ方式であるかについては明示されていない。
したがつて、原告の右主張は理由がない。
(二) 原告は、「そもそも、測定子の偏差出力を利用する計測方式においては、位置検出器を用いる必要性は全くないのである。したがつて、引用例1のものは位置検出器を必要としないもの」であると主張する(請求の原因四1(一))。
しかしながら、数値制御工作機械の数値制御における自動工具補正装置において、触針の計測方式が触針の接触による接触信号を発生する接触検出手段を有することは、本願明細書で先行技術として示された特公昭四九―一一六七〇号公報(甲第七号証)に記載されているように周知であり、予めテープに設定された設定寸法の指令値を補正するためには、計測時の現在位置を検出する計測値を得るための位置検出器が必要であることは明らかである。
そして、前掲甲第五号証によれば、引用例1の自動計測補正装置における測定子は、横送り台(往復台)上に刃物台と対向して配置され、図示されていない数値制御装置からの情報指令により、予め設定された指令値の位置情報値(設定寸法)と該設定寸法に対応した基準ゲージ面及び加工面の実際の位置情報値(加工寸法)との偏差を検出するものであることが認められ、右事実に前記周知事実を併せ考えれば、位置決め制御方式をインクリメンタル方式か、あるいは絶対値方式かのいずれを採用するにしても(本件審決では、インクリメンタル方式と認定している。)、測定子は、計測点における触針による基準ゲージ面及び加工面への接触検知を行う接触検出手段、計測点での実際の寸法をX―Z座標値の位置情報値(加工寸法)として計測する位置検出手段及び前記加工寸法の位置情報値とテープに設定された設定寸法の位置情報値との偏差を出力する手段、すなわち、接触検出器、位置検出器及び偏差出力器からなること、並びに、予め設定された指令値から工具位置補正量を比較減算して位置補正する補正手段(本願発明における比較器のうち工具位置補正のための機能を有する部分に相当するもの)が、引用例1に実質的に記載されていることは、数値制御工作機械の工具位置補正のための自動計測補正装置の技術において当業者が容易に理解されるところである。
したがつて、原告の前記主張は理由がない。
(三) また、原告は、「引用例1のものは………、比較器の減算出力によつて駆動するようなものと見ることはできず、かかる点で本件審決の認定は誤つている。」と主張する(請求の原因四1(一))。
しかしながら、「比較器の減算出力によつて駆動する」点は、クローズドループ方式のフイードバツク制御駆動のための偏差出力を発生する比較器の動作を意味するもので、この制御駆動のための比較器については、引用例1に記載はないが、数値制御旋盤においてクローズドループ方式を採用した場合には、必須の比較器を用いていることも引用例1に包含されるものであるから、原告の右主張は理由がない。
(四) さらに、原告は、「引用例1に記載のものは測定子のみを有した構成となつているものであるから、接触検出器と絶対値検出器とを合わせた接触測定器が引用例1に示されているとする本件審決には違法がある」と主張する(請求の原因四1(二))。
しかしながら、本件審決は、「前記往復台上に設置されていて触針を被測定物に接触させて測定する接触測定器(本願発明においては、接触検出器と絶対値検出器とを合せたものがこれに相当する。)」と認定しているだけであつて、引用例1の測定子Dの接触測定器が本願発明の接触検出器と絶対値検出器とを合わせたものと認定しているものではなく、接触検知を行う接触検出器と接触点での位置情報を検出する位置検出器とを合わせた接触測定器が本願発明の接触検出器と絶対値検出器とを合わせたものに相当すると認定したにすぎないから、原告の右主張は理由がない。
三 取消事由2について
1 引用例1に記載のものが、制御駆動方式として、オープンループ方式でもクローズドループ方式でも採用し得ること、したがつて、クローズドループ方式を採用したとすると、引用例1に記載のものには、比較器、位置検出器、接触測定器が備えられていると解することができることについては、前記二に認定したとおりである。
原告は、本願発明における「触針を基準ゲージに接触させて補正信号を得る」ことが、引用例1に実質的に開示されているとすることはできない旨主張する。
しかしながら、前記二2(一)において認定したように、引用例1には、「測定子Dの触針Eの先端をリングゲージGの外周面G2に接触させて検出される偏差出力を制御装置に入力して印加し、測定子Dの外周面G2に対する偏差出力が零となるように工具位置補正を行い」と記載されており、引用例1に記載のものは、触針Eの先端を基準ゲージであるリングゲージに接触させて工具位置の補正信号を得ているから、「引用例1に記載のものは、触針を基準ゲージに接触させて補正信号を得ると記載されている」と認定したことに誤りはない。
2 また、数値制御旋盤において、絶対値方式(アブソリユート方式)が周知であることも前記のとおりであり、成立に争いのない甲第八号証によれば、絶対値方式の特徴が記載されており、右事実によれば、アブソリユート方式(絶対値方式)の効果も一般的に周知であると認められるから、アブソリユート方式を採用するかインクリメンタル方式を採用するかは当業者の単なる選択事項にすぎないといわざるを得ない。
したがつて、本件審決が、「位置検出器にどちらの方式を採用するかは用途に応じて当業者が適宜決定すべき選択事項にすぎないものと認められる」と認定判断したことに誤りはない。
3 原告は、「引用例2のものは、導電性基準端子に当接させることによつて砥石の摩耗分を求めるもので、いわば工具刃先の計測に相当するものであり、加工物自動計測補正を対象としている本願発明とは本質的に異なつている。」と主張する(請求の原因四2(二))。
(一) 成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例2に記載のものは、数値制御研削盤の砥石の零補正方法に関するものであつて、研削作業後の砥石の摩耗に基づく、砥石の基準原点に対する偏差を求めるために、砥石が測定点である基準原点に接触したとき、検出器21が一致出力信号を送出すること、すなわち、接触検出器21は、工具位置補正のための触針でもある砥石が基準原点に接触したとき一致出力の接触信号を発生すること、及び基準原点に対する砥石10の偏差すなわち砥石の摩耗値が表示器28により表示され補正信号を得ることができるものであることが認められる。
一方、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明の実施例においても、「接触検出器を基準ゲージ及び加工物の両方に接触させて主軸の熱変位分と工具摩耗分の両方を補正する必要がある」(明細書一二頁一三行から一六行)と記載されていることが認められ、右事実によれば、本願発明も触針を基準面及び加工物表面に接触させて主軸の熱変位分と刃先の工具摩耗分を補正することを目的の一部とするものであると認められる。
したがつて、引用例2に記載のものも、数値制御工作機械において、触針を兼ねる砥石の摩耗分を補正することにより加工精度を向上させるものであり、両者ともに工具計測補正に係るものであるから、原告の前記主張は失当である。
(二) また、原告は、「引用例2のものからは、本願発明におけるような補正信号は出力されない。」と主張する(請求の原因四2(二))が、前掲甲第六号証によれば、引用例2には、基準端子に対する所定距離と砥石の移動量との差、すなわち、工具摩耗値に相当する偏差を得ることが記載されていることが認められるから、原告の右主張は理由がない。
(三) さらに、原告は、「導電性砥石と原点の組合せを本願発明における接触検出器と比較すること自体無理といわざるを得ない。」と主張する。
しかしながら、前掲甲第六号証によれば、引用例2には、基準点に対する工具位置補正のために、測定触針を兼ねる導電性砥石の基準点への接触により接触検知信号が発生されて、該信号により計測開始することが記載されており、自動工具位置補正のために測定触針による基準点への接触により接触検知信号を発生する接触検出手段が示されているものと認められる。
したがつて、引用例2の接触検出手段は、本願発明の接触検出器と同様の機能を有するもので、両者は、工具位置補正のための接触検出の機能をもつ点で共通しているから、原告の右主張は失当である。
(四) したがつて、本件審決が、「引用例2に記載の事項を引用例1における接触検出器により補正信号を得る手段として適用することは当業者が容易に想到し得ることと認められる。」と認定判断したことに誤りはない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
テープ指令情報等に基づき瞬時瞬時の指令値を発する関数発生器と、往復台の現在位置を検出させる為の絶対値検出器と、前記関数発生器の出力から該絶対値検出器の出力を比較減算する比較器と、該比較器出力にてサーボモータ及び往復台を制御するサーボ増幅器と、前記往復台上に設置されていて触針が被測定物に接触した瞬間に接触信号を発する接触検出器と、加工される加工物と同心となるように主軸またはチヤツクに取り付けた基準ゲージと、前記接触検出器の触針を前記基準ゲージに接触させたときその接触信号出力時点の往復台の現在位置を前記絶対値検出器より読み出し、且つ該読み出し値を前記基準ゲージの既知寸法に補正変換する絶対値検出器出力補正手段と、前記接触検出器の触針を加工物に接触させたとき前記絶対値検出器出力補正手段の出力を読み出し且つ該出力値と加工物目標寸法との差を求める工具摩耗分補正手段とを含んでおり、前記絶対値検出器出力補正手段の出力及び該工具摩耗分補正手段の出力とを前記比較器にて前記関数発生器出力から減算させるように構成したことを特徴とする数値制御旋盤の自動計測補正装置。(以下、別紙本願発明図参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙 本願発明図
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別紙 引用例1図
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